何もない部屋の窓際に立ち、すうと息を吸い込んでイメージする

夜の空気に漂う、優しく街を包む静寂を・・・
手を伸ばし、そっと両の指で空を撫で下ろすと
穏やかな夜の街の明かりを透かせて小さなきらめきが飾るカーテンが出来上がる
窓を開けると緩い風が吹き込んで星々を揺らめかせた

アーモロートの街並みに灯る沢山の光
摩天楼のこの景色を「彼」はとても好んでいる

待ちかねたようにひよい、と小さな生物がさっそく窓枠に飛び乗った
興味に目を輝かせ、感情豊かに尾をくねくねと動かしながら外の風景に釘付けになっているようだ
これは「魔法生物」で普通の動物の様な行動形態は持たない
限られた動きを繰り返す、いわゆる子供向けの玩具である

───あの日の思い出と・・・そして、実に君らしさのある姿だから連れて歩けばきっとお似合いだよ

そういってヒュトロダエウスが私にプレゼントしてくれた”イデア”だ
創造物管理局局長の彼はその役職に選ばれるのは当然の優れた発想力と魔力を持っている
だが、何故か実用性のあるものを自分では作らない
いわゆる・・・こうした他愛のない物ばかりを好んで作るのだ

───だって、素晴らしいイデアなら沢山皆が作るだろう?私はそれを見るだけで満足してしまうのさ

というのが彼の言い分だ


私はラハブレア院で主にこの世界に現存する動物の研究をしている
想像生物の土台として役立てる為だ
そして生態研究の為自らその動物に体を擬態させる方法をよく使う
肉体の負荷と限界や種の特徴を本能から調べるには観察や器具の計測よりも手っ取り早い

私たちは何にでもなれる

創造魔法は無から有を作る
自分自身さえ思うように、望むままに作ることが出来た

しかし姿を変化させることには色々な危険もある
想像以上に精神というものは「形」に左右されやすいのだ
ふとした集中力の欠如で想像力が揺らぎ変化の途中で思わぬ結果も起こしやすく
それがまた精神に影響を深く根付かせる事もある
なので私は他の研究員の誰でも検証出来るようにと
現在の形態を小さなクリスタルへ正確に保存する「イデア」を作った
そうすれば本来の自分自身の能力や身体の記録も保存出来るので危険度がかなり下がる
それを創造物管理局に申請した時、その時はまだ中間管理の地位だったヒュトロダエウスが

───へえ、面白いね。だが危険度を審査せねばね。一つ試しに変身したいんだけど
 何がオススメなんだい?

と私の申請書を持ち乗り込んできた

仕事の内容を私的に持ち出していいのかと呆れたのだが
こういう無邪気な性格もいつものことだった

ならばと、私の大好きな美しい動物の記録を封じたクリスタルを取り出した
しなやかな筋肉でどんな地形も難なく乗り越え、かなりの距離もあっという間に駆け抜ける脚
滑らかな手触りの毛皮に精悍な顔に宝石のような瞳を持ち
暗闇の中でもわずかな光で見通すことが出来る、雄弁に感情を表す愛らしい尾をもつ獣
きっとこの姿で東地帯のあの広大な草原を駆け抜けたらさぞかし気持ちがいいんじゃないかと思うのだと

───それは面白そうだ!君のイデアならきっと素晴らしい完成度に違いないのだから
  是非彼も誘って行ってみよう!!

これもいつものことだった

───嫌だ嫌だ・・・!何でそんなものに私が付き合わされなきゃいけないんだ

ヒュトロダエウスがいつもの斜に構えた調子で呆れて抵抗する
ハーデスを私の受け売りで言いくるめながら引っ張ってきた



私は忘れないと思うあの旅を

まるで果てなどないような水平線が視界すべてに広がり
爽やかな青空を、立ち上る様な雲海に星が流れる夜空を、しとどに大地を濡らす朝霧の中を
激しく打ち付ける雨の中を、風の中をひたすらに私たちという「獣」は駆け抜けた



小さな魔法生物の毛皮の手触りを楽しみながら物思いに耽っていたが
ああもうすぐ時間だ

再び精神を集中させてイメージする
優雅な蔓の模様の壁紙を張り、座り心地のよいソファーに部屋を淡く照らすランプを沢山
いくつか持っている花のイデアを花瓶に
可愛いあの魔法動物の様な丸い脚のテーブル。そして鏡台
その鏡の前に色とりどりの小物を飾り、元から持っていた「花」を一つの入れ物に差し込んだ
この間「彼」がくれたものだ。私の好きな色の可憐に膨らんだ花

そしてあの草原の本当の夜の様な昏い漆黒色の布を素肌にまとわせる
柔らかなそれは体の線を浮きだたせ強調する
隠すためではなく、「本当の私」の姿を現す為の服

鏡台の椅子に腰かけて、鉱物や染料を練り上げて作った
花や・・・生物たちの持つ、美しく、時には猛々しい生命力の現れの様な
鮮やかな色の粉末を瞼に、唇に掃く

こんな姿で外に出ようものなら激しく非難されるかもしれない
でも、鏡越しに移る摩天楼の部屋の明かりの中で
皆こんな風に自分の大好きな物でいっぱいの部屋をきっと作っているに違いないんだ

・・・皆どんな夜を過ごしてるんだろう?

小さなトークンの形をした音楽再生のための機械を起動して
最近この街で流行っている曲を選んだ
軽快で気ままに弾みながらも絡み合う音楽
この演奏者達は時折演奏会を開催するのだが
人気がありすぎて人々が押し掛けるので会場に入れない事が多いらしい
それでもいつか、3人で行ければいいね、と話している


ぼんやりとまた物思いに耽った鏡の前でコンコンとノックする音で我に返り
抑えきれない嬉しさに少し足を弾ませてドアを開いた
そこには「彼」がいた
いつものローブと仮面の姿ではない、彼の姿を凛々しく象る
いつもの彼ならそんな子供じみたと呆れるだろう見慣れない服で立っている
相変わらずのあの表情で手にはやはり、前と同じく一輪の花を持って
今日のは細い茎にたくさんの枝を伸ばし、その先に小さくて可憐な花弁がいくつも咲いているものだ
色はもちろん私の大好きな淡いピンク

気まずそうに視線をそらしてこちらを見ようとしない
そんな態度のぎこちなさにこみ上げる笑いを抑えながら彼を部屋に迎え入れると
複雑な笑みで、眉をしかめながら差し出されたそれを受け取った

同じものを私の魔力で複製する
そして、細いブレスレットに編み上げて彼の腕に巻き付けた
もちろん彼がくれたものは、同じように私の腕に

そんなワガママにもおとなしくなずがままにされ
その腕が私を抱きしめた






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